金融・投資

2024.02.22

今回お話を伺ったのは…

真壁昭夫(まかべあきお)さん

真壁昭夫(まかべあきお)さん

多摩大学特別招聘教授。1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。著書は「下流にならない生き方」「行動ファイナンスの実践」「はじめての金融工学」など多数。
https://www.tama.ac.jp/guide/teacher/makabe_akio.html

2024年最大の懸念材料は「地政学的リスク」

今年の世界の経済・金融市場の展開を予想する上で、最も重要な要素は地政学的リスクといえるでしょう。毎年スイスのダボスで開かれる、“ダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)”の今年の主要議題は地政学的リスクでした。米国の大手金融機関の中には、「2024年の最大の懸念材料は地政学的リスク」と指摘する見方もあります。
その地政学的リスクの中でも、特に懸念が高まっているのが中東情勢です。昨年10月、イスラエルとハマスの戦闘が始まったのをきっかけに、中東情勢は一気に緊迫化しました。現在、一部のイスラム勢力が紅海を航行する船舶へ攻撃しており、航行は事実上困難になりました。それに伴って、スエズ運河を使う航路の通航にも支障が出ています。
今後、紛争地域の拡大やイランの関与が顕在化すると、さらにそのリスクは高まることが懸念されます。最大の懸念事項は、イランによる“ホルムズ海峡”封鎖の懸念です。ここでは、地政学的リスクとはどういうものか、また、足許の中東情勢など地政学的リスクの具体的な状況、そして、地政学的リスクが世界の経済と金融市場に与える影響を説明します。

「地政学的リスク」とはどういうものか?

地政学的リスクとは、特定の国や地域間で政治体制、軍事、社会、宗教などに起因する緊張感が高まり、世界経済や金融市場に予想外の展開をもたらす要因と言えるでしょう。リスクとは不確実性の概念、つまり予想と異なることが起きることを言います。
例えば、価格が上昇すると予想されたにも拘らず、予想に反して下落した(その反対も同様)、それがリスクです。予想外の出来事が発生してしまい、その結果として世界経済全体で資源などの供給が減少した場合、「地政学的リスクは現実化した」と表現できます。
ウクライナ紛争により、世界的に穀物やエネルギー資源などの供給は減少しました。それは世界的な物価上昇の一因になりました。足許では、イスラエルとハマスの戦闘などを背景に、中東情勢が緊迫化しています。それらは、まさに地政学的リスクといえるでしょう。
中東情勢に関して最も注目されるのは、イランの動きだと思います。イスラム勢力であるハマス、ヒズボラ、フーシ派などを支援するイランは、イスラエルへの強硬姿勢を徐々に強めているように見えます。それに伴い、イスラム勢力の攻撃対象が広がりました。

紅海での船舶攻撃が世界経済に与える影響

フーシ派の武装勢力は紅海を航行する船舶を攻撃し、輸送船舶はスエズ運河を通過することが難しくなっています。2023年12月中旬時点で、紅海の航行を取りやめた船舶数は150隻を超えたと報じられました。国際海事機関(IMO)によると、18の海運会社が紅海を避け、アフリカ最南端の喜望峰を回るルートに切り替えました。
それに伴い、コンテナ船などの運賃の上昇ペースは加速しました。昨年12月22日時点で、上海発欧州向け20フィートコンテナ1個の随意契約(スポット)運賃は1,497ドル(1ドル=145円で約22万円)、2週間前に比べ62%上昇しました。
紅海での船舶の航行が困難になったことは、中東関連の地政学的リスクの一つが顕在化したことを意味します。一度に大量のモノを輸送できる大型船の航行制限により、世界の企業にとって物流などのコストは増え、経済運営の効率性は幾分か低下したと考えられます。一旦は解消に向かった世界経済の供給制約が再び深刻化する恐れが高まりました。

懸念されるイランの本格的な関与

中東情勢に関して、これからリスクの拡大の懸念も高まっています。重要なポイントは、イランを巻き込んで戦闘地域が拡大するかです。もしイランが本格的に関与することになると、紛争地域は大幅に拡大することが懸念されます。
特に、ペルシャ湾とオマーン湾に挟まれた“ホルムズ海峡”の封鎖リスクが高まることは、世界経済に重大な支障をもたらす恐れがあります。ペルシャ湾からインド洋に抜ける要衝のホルムズ海峡は、最も狭いところで幅が33キロしかありません。
この海峡を通って、世界に供給される原油は日量2000万バレル。世界全体の供給量の20%を占めます(国際エネルギー機関(IEA)による)。そのため、ホルムズ海峡は、世界のエネルギー供給の大動脈と呼ばれます。
過去にも、ホルムズ海峡の航行の懸念が高まったことはありました。2019年5月、イランの革命防衛隊は同海峡の封鎖を警告しました。米トランプ政権(当時)がイランとの核合意から離脱し、さらにイラン産原油の禁輸を発表したことへの対抗措置でした。
わが国や欧州委員会は、中東海域の安全な航行の実現やエネルギー資源の確保の強化の必要に迫られました。ホルムズ海峡の封鎖で、必要なエネルギーの絶対量の確保が難しくなるとの懸念も高まりました。それによって、2019年5月上旬以降、原油価格に上昇圧力がかかりました。

ホルムズ海峡の封鎖リスクは世界経済の障害

今後、ホルムズ海峡が封鎖されると、その影響は2019年当時を上回ると懸念されます。2023年夏場、エルニーニョ現象による海水温の上昇で、パナマ運河の水位は低下しました。運河通過のためタンカーの順番待ちが常態化し、通過する際、コンテナの一部を下ろさなければならないケースもありました。
今回、中東情勢の緊迫化によって、スエズ運河の航行がかなり難しくなっています。その上、ホルムズ海峡の航行が難しくなると、世界全体でのエネルギー輸送との関連でマイナスの影響は一段と大きくなるでしょう。
わが国が輸入する原油の約8割、天然ガスの約2割はホルムズ海峡を経由します。ホルムズ海峡の船舶航行が脅かされると、わが国が必要とするエネルギー資源を調達することが難しくなることも考えられます。そうなると、広範囲にモノやサービスの価格は上昇し、家計の生活負担が上昇する恐れが高まると予想されます。
ウクライナ紛争後、ドイツなどはカタールと大型の天然ガス供給契約を結びました。ウクライナ紛争の勃発以前よりも、ペルシャ湾に面し、ホルムズ海峡を通って供給されるカタール産天然ガスの需要は増えました。
ホルムズ海峡が封鎖されると、わが国や欧州諸国は、オーストラリアや米国などからのエネルギー資源調達を急ぐ必要があります。経済に必要なエネルギー資源量を確保するために、中東産以外、あるいは中東海域を経由しないエネルギー資源などの争奪戦は激化するでしょう。

地政学的リスク上昇に備える投資家

2024年の年初以降、米国のFRB関係者からは、投資家の早期の利下げ期待を抑える発言が増えました。ホルムズ海峡の封鎖リスクをはじめ中東情勢が、米国の物価上昇リスクを押し上げる警戒感は強まったようです。そうした見方を反映し、1月中旬以降の米国金融市場では金利が上昇し、株価はやや不安定な展開になっています。
米国経済の減速懸念が高まると、世界の景況感は悪化すると予想されます。米国の大統領選挙が近づく中、ホルムズ海峡の封鎖リスクが高まると、一時的に世界の金融市場でリスク回避的な動きが強まるでしょう。それは、株価の調整リスクを高める恐れもあります。債務問題が深刻化した途上国からの資金流出も増加する可能性もあります。中東情勢の地政学的リスク上昇は、世界経済にとって大きな阻害要因です。
その他にも、ウクライナ紛争や中国による台湾への圧力強化などが、世界の資源や半導体の供給を制約する要因と考えられます。主要国の経済の変化に加え、中東情勢などの地政学的リスクに関する理解を深めることは、それぞれの投資家がリスクを抑え、より安定した利得を目指す一助となるはずです。

まとめ

常日頃からアンテナを張って、地政学的リスクとなりうる情報を把握し、自身の投資活動に活かしていきましょう。しかし、海外の情勢には昼も夜もありません。時差のある日本では取引時間外に重大なニュースが伝わる場合もあります。そのようなときは、ジャパンネクスト証券が提供するPTSの夜間取引を利用すれば、翌日を待たずに取引を行うことも可能です。
※本記事に掲載されている全ての情報は、2024年1月19日時点の情報に基づきます。
※あくまでも真壁昭夫さん個人の投資手法を説明するための例示および見解であり、ジャパンネクスト証券株式会社が取引の勧誘をするものではありません。

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