株式

2022.07.04

東証の市場区分再編を機に、企業価値について理解を深めよう。FPが語る、東証の狙いと銘柄発掘

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2022年4月4日、東京証券取引所(以下、東証)の市場第1部、市場第2部、JASDAQ、マザーズの4つの市場は「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3市場に生まれ変わります。東証の市場区分が再編されるのは約60年ぶりのこと。この再編は株価及び個人投資家にどのような影響を与えるのでしょうか。

今回お話を伺ったのは...

下中 英恵(したなか はなえ)さん:
1級ファイナンシャル・プランニング技能士(資産設計提案業務)、第一種証券外務員、内部管理責任者。東京都出身。2008年慶應義塾大学商学部卒業後、三菱UFJメリルリンチPB証券株式会社に入社。富裕層向け資産運用業務に従事した後、米国ボストンにおいて、ファイナンシャルプランナーとして活動。現在は日本において、資産運用・保険・税制等、多様なテーマについて、金融記事の執筆活動を行っています。
HP:下中英恵FP事務所 (shitanaka.com)

「東証の市場区分再編と株価への影響」をテーマに、ファイナンシャルプランナーの下中 英恵(したなか はなえ)さんにお話を伺いました。多くのメディアで報道されている、「代わり映えがしない」という意見に対しても、独自の見解を述べていただきました。

株式市場全体への影響は限定的と推測

2022年4月4日より、東証の市場は「プライム市場」「スタンダード市場」「グロース市場」の3つに区分変更されます。早速ですが、今回の市場区分再編による株価への影響を下中さんはどのように考えていますか?

下中さん:もちろん個別に動く銘柄はあるとは思いますが、株式市場全体への影響はそれほど大きくないと考えます。とくに最上位のプライム市場の中でも、時価総額(※)が大きいトップ企業への影響は限られるでしょう。

※時価総額とは、その企業の規模を「株価×発行済株式数」で示すものです。一般的に、時価総額が大きい企業は、企業価値が高いと評価されます。

株式市場への影響が限定的だとお考えなのはなぜでしょう。

下中さん:上場する企業の業績などが変わるわけではないので、本質的な企業価値は変わりません。そのため市場区分の再編による株価への影響は軽微だと思います。

市場区分の再編が上場企業の業績に影響を与えるわけではないのですね。

下中さん:今回の市場区分再編にあたり、株価指数のラインナップも変わります。ただ、株価指数に関しても、それほど大きな影響はないと考えます。そもそも株価指数は、市場全体や特定の銘柄群の平均的な値動きを指し示すために組成されたものです。個別株と同様に、市場区分再編によって株価指数に大きな影響が出る事態は、東証としても好ましくないのではないでしょうか。

東証の狙いは「わかりやすい市場整備」と「企業努力の促し」

そもそも、今回の市場区分再編における東証の狙いは何なのでしょうか?

下中さん:2つあり、1つ目は「投資家に対してわかりやすい市場にすること」、2つ目は「企業努力を促すこと」です。

1つ目の狙い「投資家に対してわかりやすい市場にすること」について教えてください。

下中さん:現行の市場第2部、マザーズ、JASDAQは重複する特徴があり、市場第1部を含めた4市場の特徴が曖昧です。

例えば、JASDAQはさらにJASDAQスタンダードとJASDAQグロースに分かれますが、JASDAQグロースとマザーズの違いは明確ではありません。これがプライム・スタンダード・グロースの3市場に再編され、それぞれの市場のコンセプトや上場基準が明確になるので、違いがはっきりします。

2つ目の狙い「企業努力を促すこと」とはどういうことでしょうか?

下中さん:現行の4つの市場の区分では、上場廃止基準が上場基準よりも大幅に低いため、上場企業は、上場時の水準を維持しなくても上場を継続することができます。そこで今回の市場区分再編では、企業が上場をゴールとするのではなく、上場後も企業価値の維持と向上に努めるよう、上場基準と上場廃止基準が共通化されることになりました。

例えば、市場第1部に代わるプライム市場の上場基準は厳しくなり、企業努力を促す工夫がなされていますね。

確かに上場後の企業価値の維持と向上は、投資家としても期待したいところです。ただ、「新市場になってもあまり代わり映えがしない」という意見も見受けられますが、それについてはどのようにお考えですか?

下中さん:たしかに今回の市場区分再編は大改革とまでは言えません。しかし、東証の狙い通り、それぞれの市場に上場する企業がどのような企業であるべきかがわかりやすくなったのは確かです。その意味で再編した一定の意義はあるでしょう。

また、「海外投資家を呼び込む魅力に欠ける再編だ」という声もありますが、本質的に投資家を呼び込むのは「企業の魅力」です。今回の市場区分の変更に関係なく、日本企業がより魅力的に映れば海外の投資家は日本の株式市場に入ってくると思います。

経過措置の適用を受けている銘柄に投資チャンスあり!?

「市場区分再編で株式市場全体にはあまり大きな影響はなさそう」とのことでしたが、再編の影響で投資チャンスが生まれそうな銘柄はありますか?

下中さん:市場区分再編の影響で株価が動く可能性があるのは、市場区分の狭間にある「経過措置を利用している銘柄」だと思います。また、「株主優待を止めて、増配する銘柄」にも注目しています。

「経過措置を利用している銘柄」とはどのような銘柄ですか?

下中さん:上場企業が、移行先に選択した新市場の上場維持基準には達していないものの、「上場維持基準の適合に向けた計画書(以下、適合計画書)」を提出して改善に向けた取り組みを図りつつ、選択した市場へ上場する銘柄のことです。

「適合計画書」を提出した企業は、経過措置の適用を受け、当分の間は現行の指定替え基準や上場廃止基準と同水準の基準が適用されます。

なぜ、経過措置を利用している銘柄に投資のチャンスが生まれそうなのでしょうか?

下中さん:経過措置の適用を受けている企業は、新市場の上場維持基準を満たすために、企業努力をして企業価値の向上に取り組むと考えられるからです。

適合計画書では、何をどのようにして企業努力をするのか、具体的な計画が明記されています。その計画が順調に進捗すると仮定すると、数年スパンで株価も順調に推移する可能性があります。例えば、流通株式時価総額が基準を満たしていない企業であれば、基本的には株価を上げて基準を満たすように努力をするはずです。

反対に、計画通りに進んでいない場合は、株価の下落も覚悟しないといけませんが・・・。

経過措置を利用している銘柄にはどのような企業がありますか?

下中さん:プライム市場の上場維持基準には満たないものの、当分の間、経過措置の適用を受けてプライム市場に上場する企業が296社あります。その中でも、株式会社ドリームインキュベータや明和産業株式会社などは株価が上昇していると話題になっていましたね。実際にドリームインキュベータの適合計画書を見ると、適合状況を確認できますよ。

経過措置の適用を受けている銘柄には投資のチャンスが眠っているかもしれませんね!

「経過措置を利用している銘柄」以外に、「株主優待を止めて、増配した銘柄」にも注目されているのですね。

下中さん:プライム市場は、市場第1部よりも新規上場及び上場維持に必要な株主数が少なくなります。つまり、プライム上場企業は株主の数を増やす必要がなくなります。その影響もあってか、株主優待制度を廃止する代わりに、配当を増やす(増配)企業も出てきました。増配は株価にプラスになるケースが多いので、市場区分再編を機に配当を増やす銘柄にも注目しています。

株主優待を廃止すると、優待をきっかけに投資を始めた投資家が離れてしまうのではないでしょうか・・・。

下中さん:たしかに優待目的で株式を保有している方は、残念な思いをしているかもしれません。ただ、上場企業の本来の目的の1つは“企業価値を高めること”です。実は、優待制度は商品の選定から配送まで、大きなコストがかかっています。企業が稼いだ利益を優待ではなく配当金という形で株主還元することは、上場企業のあるべき姿なのかなと考えますので、個人的には前向きに受け止めたいですね。高配当の銘柄の方が嬉しい投資家も少なくないのではないでしょうか。

東証の市場区分再編を機会に、上場企業への理解を深めて銘柄発掘のきっかけに!

東証の市場区分再編は、上場企業の経営方針や事業内容、ガバナンスにも影響を与え、株価が影響を受ける銘柄もあることがわかりました。

下中さん:今回ご紹介したのはあくまで市場区分再編における株式投資の一つの着目点です。株式投資の基本を軸に、総合的に判断してみてくださいね。

また、今回の再編に限らず、「個別株を探すのは大変!」と思う方は投資信託での運用で十分です。市場区分の再編にあたって、新設される株価指数も多数あります。新しく組成される株価指数と連動する投資信託の購入を検討してみても良いかもしれません。

最後に、よるかぶラボの読者の皆様へメッセージをお願いいたします。

下中さん:この市場区分変更には様々な意見がありますが、投資家のためにわかりやすく改善されること、そして上場企業の企業努力を促すことが目的なので、前向きなものだと受け取ってよいでしょう。

最上位のプライム市場ではなく、スタンダード市場を選択したことで株価が下落した企業もありますが、身の丈の合った市場で健全に企業努力を積み重ねていくことは企業のあるべき姿でもあります。そのため、“プライム落ち=悪い企業”というわけでは決してありません。スタンダード市場やグロース市場に移行する企業のなかにも、良い企業はたくさんあるので、ぜひ自分で発掘する気持ちで株式投資の経験値を積んでほしいですね。

投資は楽しくなければ続かないものです。ぜひ、わかりやすくなった新市場区分をポジティブに受け止めて、面白い企業やこれから成長しそうな企業を探すきっかけにしていただけたら嬉しいです。


本記事に掲載されている全ての情報は、2022年3月11日時点の情報に基づきます。

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