米国大統領ドナルド・トランプ氏の対外強硬策のエスカレートが止まらない。振り返れば、1期目(2017年~2020年)の在任中に国際法違反が疑われた軍事行動はわずか1件だったのに対し、昨年2期目入りしてからは、イランの核施設への空爆、麻薬テロとの戦い。ベネズエラのマドゥロ大統領の拉致、イランとの戦争ととどまるところを知らないのだ。こうした行為の長期化・常態化が経済を未曽有の危機に追い込みかねないリスクにもなっている。
常態化する「国際法無視」。エスカレートするトランプ政権の軍事行動
トランプ政権は早くから軍事行動を繰り返して国際法違反の疑惑を招いてきた。最初は、1期目の2020年1月に、イラクのバグダッド国際空港近郊で無人機による攻撃を行い、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したケースだ。他国領で当該国(イラク)の同意を得ずに武力行使に踏み切ったことから国連憲章違反の疑いが指摘されたほか、「差し迫った脅威」の乏しさなどにも問われたケースだった。実際、国連の特別報告者も「恣意的殺害で、国際法違反」と結論付けた。
2期目の政権発足以降は、質と量のエスカレーションが起きている。列挙すると、昨年6月にイスラエルに追随する形でイランの核施設を空爆(12日間戦争)、同9月頃からの麻薬カルテルとの戦争、今年1月のベネズエラへの侵攻、2月末のイランへの本格的な先制攻撃などが挙げられる。
このうち、麻薬テロとの戦いでは、空母などを投入。当時の報道で、麻薬密輸船とみなした船舶36隻に合計35回以上の空爆を繰り返し、死者が推定で115人以上に達したとされた。
同じ頃からベネズエラ本土への軍事行動も開始。原油輸出という外資獲得手段を壊滅させるべく2隻以上のタンカーを拿捕。港湾も封鎖した。
そして、現地時間1月2日深夜から翌3日未明にかけて、ベネズエラの首都カラカスなどで軍事作戦を決行。マドゥロ大統領を拉致、ニューヨークに移送した。
ベネズエラ政府は官民合わせて100人程度が死亡。同程度の負傷者が出た、と発表した。
だが、米国は「この作戦を戦争ではない」と強弁した。「米国内法の執行に過ぎない」と、米国の指名手配犯であるマドゥロ夫妻を裁判にかけるのが目的で、国際法に優先する行為だと米国流の解釈を並べ立てたのである。
同盟国からも厳しい批判。孤立する米国と国際社会の亀裂
次が、2月28日からのイランとの戦争だ。この戦争の異常さが際立ったのは、米国と対峙してきた中国やロシアといった権威主義国だけでなく、NATO(北大西洋条約機構)加盟国であるスペイン、つまり米国の同盟国が開戦直後から「米国とイスラエルは国際法違反」と声高に批判したことである。スペインほどあからさまではなかったが、イギリスやフランス、イタリアも当時、自国基地の米軍による使用を禁じ、ホルムズ海峡での共同作戦への参加を拒否した。誰の目にも国際法違反は明らかで、米国に与することができなかったのだ。
痛烈な批判は、米国内からも上がった。国際法の専門家ら100人以上が国際法の専門サイトJust Security に4月2日付で、「Letter of over 100 international law experts on Iran war」と題する共同声明を公表。その中で「攻撃は国連憲章に明確に違反し、戦争犯罪に当たる」とトランプ政権の戦争責任を追及したのだ。害した人の数だけではなく、国際法という次元の違う問題があることを浮き彫りにした。
ところが、トランプ大統領はニューヨーク・タイムズのインタビューでその人間性を疑われかねない言葉を口にした。「国際法は必要ない」「(米軍の最高司令官としての判断は)自ら(トランプ氏自身)の道徳観にのみ制約される」と言い放ったのだ。マドゥロ大統領を拉致した際は釈明を試みたのに対し、この時は当初から米大統領として国際法を遵守する意思がないと表明、何世紀にもわたる国際社会の規範の存在そのものを否定する暴挙に出たのだった。
イラン側の挑発と法的正当性の欠如。和平への遠い道のり
何も米国だけが国際法違反の疑いを数多く抱えているわけではないことは申し添えておく。イランにもまた多くの国際法違反疑惑があると言うよりは、今回の戦争の原因がそうしたイランの対応にあると結論づけていいだろう。
中でも最も明確で、国際社会の大きな脅威となってきたのは、イランが核開発の野心を否定しないことである。経済制裁の解除と引き換えに核兵器開発の断念を迫ったイラン核合意(JCPOA)の崩壊以降、イランが核不拡散条約締約国の義務であるIAEA(国際原子力機関)査察の受け入れを拒み続けたことが不信を煽ってきた。この懸念は西側諸国も広く共有している。
また、2月末の米国とイランによる空爆開始以来、ホルムズ海峡をイラン革命防衛隊が事実上封鎖していることも明確な国際法違反とみられている。
加えて、国連の安保理決議に違反して、レバノンのヒズボラ、パレスチナ自治区ガザのハマス、イエメンのフーシ派などを支援してきた疑いなどもある。
ただ、イランの国際法違反を理由に、2月28日の米国とイスラエルによるイランへの先制攻撃への免罪符が与えられることはない。国際法において武力行使が認められるケースは2つしかないからだ。ひとつは、安全保障理事会が武力行使を認める決議をした場合だ。もう一つは、武力攻撃を受けた場合に認められる「自衛権の行使」である。今回、いずれにも該当しないことは明らかである。イスラエルに対する攻撃も、“先制的自衛権”を正当化するほどの急迫性は認められていない。
超大国・米国が、国際法の軽視に走ったことは、ウクライナに一方的な侵略戦争を仕掛けたロシアの暴挙や台湾の武力統一する権利を放棄しない中国をけん制する規範を失わせかねない行為だ。国際社会が受けた衝撃は計り知れない。
トランプ政権の暴走の裏にある中間選挙と利害
では、なぜ、トランプ政権はエスカレートを繰り返すのだろうか。
取り沙汰されている動機をいくつか紹介しておくと、今年11月に米国議会上下両院の中間選挙を控えて、共和党を率いるリーダーとして「強い大統領」像を演出しておきたいという政治家・トランプの野望だ。共和党の中間選挙での勝利が残された任期中に指導力を発揮するのに欠かせないというのだ。
ただし、開戦後の状況は、トランプ大統領にとって誤算だろう。短期決戦で大きな成果をあげることによって喝采を受けようと目論んでいたにもかかわらず、現状は真逆で、戦争が長期化しかねないからだ。ガソリン価格が急騰して人心が離反する危機に直面している。それゆえ、より強硬な態度に走り、イランを硬化させる悪循環に陥っている面もある。
イスラエルのネタニヤフ首相に引きずり込まれたとの見方も有力だ。ネタニヤフ氏は、自身の汚職疑惑の追及を逃れるために、ハマスやヒズボラ、フーシ派、イランなどとの戦争の継続を必要としている。このため、諜報活動を通じて把握できた情報として、あの2月28日という日が「イランの指導者が一堂に会するので、一網打尽にする絶好の機会だ」と、持ち掛けたという。そのネタニヤフ・イスラエルが停戦や終戦に向けての大きな足かせになっているという皮肉な構図なのである。
石油利権を奪取して輸入化石燃料に依存する中国の首根っこを押さえる目論見の存在を指摘する向きも少なくない。ベネズエラのマドゥロ大統領の拘束の際にも囁かれたことだが、米国はレアアースのサプライチェーンを中国に握られ、トランプ氏が好む高関税政策を封じられていることが背景とされている。
トランプ氏のイデオロギーや世界観、人間性が大きいという分析もある。「国際法は不要」といった言動はもちろん、米国第一主義や西半球重視、ドンロー主義を唱えてきた点がこうした分析の根拠だ。
このほか、側近の多くがイエスマンになったとか、高齢化に伴い判断力が低下したとの見方や、少女買春などで逮捕後の拘留中に自殺した大富豪エプスタイン氏の捜査関連文書の中に、トランプ氏個人の不都合な真実が書かれていることをネタニヤフ氏に把握されており、恫喝紛いの要求を拒めないという裏付けのない噂も広く流されている。
ホルムズ海峡の「封鎖合戦」。エネルギー動脈を襲う未曾有の危機
最後に、この戦争の経済にとってのリスクを考えてみよう。イランや湾岸諸国の油田やガス田、パイプライン、その他インフラ設備への攻撃の影響も大きな懸念材料だが、そうした個別施設よりも大きな関心を集めているのは、イランと米国が封鎖合戦を演じているホルムズ海峡だ。
ホルムズ海峡は、イラン、イラク、クェート、バーレーン、サウジアラビア、カタール、UAE(アラブ首長国連邦)、オマーンといった湾岸諸国が接するペルシア湾と、インド洋への出入り口にあたるオマーン湾を結ぶ海の大動脈だ。世界の海上石油貿易の約25%、液化天然ガス貿易の約20%がここを通るとされ、特に東、東南アジア諸国にとって重要な航路だ。日本が輸入する原油の9割以上もここを通過する。
英国海軍の英国海上輸送局(UKMTO)は4月13日付で勧告を公表、イラン戦争が勃発した2月28日からの45日間に、船舶がこの海峡周辺を航行する際に念頭に置いておくべき事件が29件あったとの情報を発信した。内訳は、正体不明の飛翔体などによる攻撃を受けたという報告が17件、船舶の周辺で水しぶきなどが上がったという不審な事象の報告が12件だった。平均すると、2日に1件以上の割合でトラブルが起きている計算で、タンカーや貨物船がホルムズ海峡の航行に二の足を踏むのは当たり前の危険な状況なのだ。
原油価格の高騰、日本経済を襲うスタグフレーションの現実味
そこで懸念されるのが、原油、ガス、石油などの価格高騰やサプライチェーンの断絶である。産業的にみると、石油由来のナフサなどが主原料の化学産業、火力発電のエネルギーとしての天然ガスが欠かせない電力会社、ガソリンを供給する石油産業がホルムズ海峡閉鎖に弱い主要3業界だ。この順に大きな混乱に見舞われる可能性が高い。
ただ、主要3業界だけでなく、農業や漁業に至る1次産業まで含めて、化学製品などの容器や物流に必要な燃料が不要な産業はほぼ皆無だ。事態が長引けば、混乱の波及は避けられない。
金融・資本・外為市場をみても、長引けば、開戦以来、乱高下してきた日本株相場が抵抗線となってきた日経平均株価の5万円のラインを割り込むリスクが横たわる。物価高抑制のために政策金利が引き上げられれば、債券相場の下落や外為市場での円安を含めたトリプル安も現実味を帯びる。
こうした状況について、野村総合研究所の木内登英氏は3月13日付「経済の潮流」で1バレル=87ドルで原油価格が推移すれば、国内のガソリン価格は1リットル当たり204円に値上がりし、その結果、消費者物価指数(CPI)が0.31%上昇する一方で、実質GDP(国内総生産)は0.18%押し下げられると弾き出している。
ただ、より深刻な事態としては、今一度、トランプ大統領のエスカレーションを想起する必要がある。4月11日から翌日にかけて21時間に及んだというパキスタンの首都イスラマバードでのイランとの対面の協議が不調に終わったことを受け、トランプ氏が12日、イランによるホルムズ海峡の封鎖に対抗、米海軍がホルムズ海峡への船舶の出入りを封鎖すると“逆封鎖”を表明した途端、4月13日朝の原油価格は急騰。WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物は一時前週末比9%高の1バレル105ドル台をつけた。天然ガス相場も大幅高だった。
マーケットには米国とイランの和平協議が継続して合意に漕ぎつけてほしいと期待する向きも多く、筆者もそうなればよいと思う。しかし、事態はなお流動的で、原油やガスがこの水準で高止まりしたり、さらに高騰したりしても不思議はない。その場合は日本経済は木内氏の試算よりさらに厳しく景気が後退する一方で物価もより大きく上昇するスタグフレーションに直面しかねないリスクもある。
※本記事に掲載されている全ての情報は、2026年4月14日時点の情報に基づきます。
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